日本映画

映画レビュー「MOTHER マザー」

2020年7月2日
母としての覚悟も責任も欠いた毒母。だが、少年にとって、頼れるのはこの母親だけ。母親のためと思い、少年は殺人を犯してしまう。

母への愛ゆえに少年は人を殺した

シングルマザーの秋子(長澤まさみ)は、まともな職に就こうともせず、生活保護の金も遊びに使ってしまうような、ダメな母親である。

生活費が尽きれば、実家に金をせびる。断られると、ゲームセンターで現実逃避。そこで知り合ったホストの遼(阿部サダヲ)と意気投合するや、たちまち懇(ねんご)ろになり、息子の周平(郡司翔)はほったらかしで、遼と旅行に出てしまう。

その後も、恐喝、逃亡、妊娠、遼との破局など、すべて秋子の無節操、無責任に起因するアクシデントやトラブルが、周平を巻き込んでいく。小学校にも通わせてもらえない周平は、楽しかるべき少年時代も奪われる。

まさに毒母そのものの秋子なのだが、周平にとって、頼れる存在はこの母親だけ。秋子なしに、周平は生きていけないのだ。

この母子関係は周平(奥平大兼)が17歳になっても変わらない。いや、別れた遼との間にできた妹が加わり、三人家族になったことで、周平は逃げ場がなくなり、むしろ母子の絆は強められたと言えるかもしれない。

この絶望的な状況から脱出するチャンスが一度だけ訪れる。児童相談所の亜矢(夏帆)が、周平をフリースクールに誘ってくれたのだ。亜矢によって読書の喜びにも目覚める周平。

だが、せっかく開きかけた社会への扉は、秋子の手によって閉じられてしまう。そして、訪れる破滅の時――。

逆境から脱出するチャンスを与えられるも、母親との縁を断ち切れず、カートを引きながら、母の後について行く周平。その後ろ姿があまりに切なく、つらい。

「あれは私が生んだ子なの。私の分身。なめるようにしてずっと育ててきたの。私が自分の子をどう育てても私の勝手でしょ」。これが母の言葉か。

母と子というより、まるで女王と奴隷のような、支配・被支配の関係。この歪(いびつ)な関係を打ち破るでもなく、母を慕い、従属し続け、果ては殺人まで犯してしまったのは何故だろう。

実際に起きた祖父母殺人事件をベースに、母子関係の闇に迫る意欲作。映画は、周平の心の深奥にギリギリまで迫るも、謎は晴れぬままだ。これまでの作品の多くがそうであったように、安易に解答を示すことなく、現実の不条理を生のまま提示するのが、大森監督のスタイルなのかもしれない。

男好きのする毒母に扮し、もはや貫禄さえ感じさせる、長澤まさみの熱演にも注目。

MOTHER マザー

2020、日本

監督:大森立嗣

出演:長澤まさみ、阿部サダヲ、奥平大兼、夏帆、皆川猿時、仲野太賀、木野花

公開情報: 2020年7月3日 金曜日 より、TOHOシネマズ日比谷他 全国ロードショー

公式サイト:https://mother-news.tumblr.com/

コピーライト:© 2020「MOTHER」製作委員会

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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