外国映画

映画レビュー「オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡」

2020年6月25日
ロシア新体操の女王マムーン。鬼コーチの罵声を浴び、スランプと戦いながら、宿願のオリンピック金メダルに挑む。

アスリートの壮絶な舞台裏

ロシア新体操の元エース、マルガリータ・マムーン。世界選手権、ヨーロッパ選手権、ワールドカップ、グランプリシリーズと、国際大会で華々しい戦績を残し、2016年のリオ五輪・オリンピックでは個人総合で金メダルを獲得した、伝説的アスリートだ。

競技会場では美しく華麗な印象しかない。しかし、この映画が明かす舞台裏では、あの“東洋の魔女”もかくやと思うほど、徹底的にしごき抜かれるマムーンの姿を見ることができる。

マムーンを指導するコーチは二人いて、一人はアミーナ・ザリポア。厳しいことは言うが、マムーンが落ち込めばハグしたりキスしたり、人間味のあるコーチだ。

恐るべきは、もう一人のほう。ザリポアの上に立つイリーナ・ヴィネルである。新体操総裁というポストに就く、ロシア新体操界の重鎮。ザリポアにとっては自分を見出してくれた恩人でもある。

高級服に身を包み、別格のオーラを出しまくりながら、口からでる言葉は、暴言度100パーセント。

教えたとおりに演技ができなければ「無能」「マヌケ」「バカ」。至近距離から容赦ない罵声を浴びせる。

「ほめて伸ばす」なんて発想など微塵もない。そんなヴィネルにザリポアが反論でもしようものなら、「あなたたち二人とも負け犬」と吐き捨てる。

だが、どれだけけなされ、侮辱されても、マムーンは必死で耐え抜く。それは、ヴィネルには、これまで数々の世界女王を生み出してきた実績があるからだろう。実際、マムーンがここまで成長してこれたのも、彼女のスパルタ指導があったからに違いない。

いわば温情のザリポアと、非情のヴィネル。この二人の言い争いもすごい。もちろん最後はザリポアが屈服せざるを得ないのだが、不満はくすぶる。ヴィネルの視野から外れた場所でブツブツと毒づくザリポアをカメラは逃さない。

この映画が撮られたのは、ちょうどマムーンが不調に苦しんでいた時期。大会でライバルに敗北する場面も見られる。ヴィネルが激昂するのは、マムーンが本来のポテンシャルを出し切っていないという苛立ちもあったろう。

ヴィネルも、つねに怒号を発しているわけではない。マムーンが期待どおりの結果を出せば、躊躇なくほめるのである。

「今日は完璧だった」「舞台役者になっていた」。できたらほめる。できなかったら叱る。ほめるも、叱るも、ストレート。こうでなきゃ一流のアスリートは育たないのだなと思わせる、圧倒的な存在感。一人のアスリートが栄冠をつかむ上で、いかに指導者の存在が大きいかを、改めて認識させられる。

ドキュメンタリーは、人間をいかに生き生きと描くかが勝負だ。マムーン、ヴィネルをはじめ、人物のあからさまな人間性が鮮やかに写し撮られた本作は、その点で第一級のドキュメンタリー映画と言えるだろう。

オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡

2018、ポーランド/ドイツ/フィンランド

監督:マルタ・プルス

出演:マルガリータ・マムーン、イリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポア、ヤナ・クドリャフツェワ

公式サイト:https://otl-movie.com/

コピーライト:© Telemark, 2018

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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