黒人のコリンと白人のマイルズ。二人に人種の壁はない。しかし、ある日、コリンは、白人警官が黒人青年を射殺するのを目撃し――。

人種問題に斬りこむバディムービー

舞台はカリフォルニア州オークランド。主人公であるコリンとマイルズは、引っ越し会社で働く親友同士だ。コリンは黒人で、マイルズは白人。だが、二人の間に人種の壁などないように見える。

象徴的なのは、コリンがマイルズを“ニガー”と呼び、マイルズがコリンを“ブロ”(ブラザーの略)と呼んでいることだ。

かつては黒人の蔑称として使われたが、現在は親しい黒人同士が互いを呼び合うのに使われることが多い“ニガー”。これを黒人のコリンが白人のマイルズに対して使う。一方、黒人のコリンは白人のマイルズに対し、黒人ラッパー同士が互いを呼び合うときの“ブロ”を使う。

それは、オークランドという都市、そして、この地に生まれ育った男たちのアイデンティティーの表出でもあろう。

60年代、公民権運動を背景に、オークランドでは、ブラック・パワー・ムーブメントが盛り上がり、ブラック・パンサー党の拠点ともなった。人種の混成率が高く、きわめてリベラルな風土である。

そんなオークランドの自由な空気を吸って大人になった、幼馴染の二人。黒人の妻を持つマイルズは、自分が白人であるという意識すら希薄なようだ。コリンからニガーと呼ばれるのは、ごく自然なことと受け止めている。

しかし、コリンはどうだろうか? ある暴力沙汰で逮捕されたコリンは、ほどなく指導監督期間が終了。あと3日間何事もなくやり過ごせば、晴れてフリーな身分となる。

その大事な時期に、コリンは決定的な瞬間を目撃してしまう。それは、逃走する黒人青年が白人警官によって射殺されるというショッキングな光景。

コリンは白人警官と目が合ってしまう。だが、あと3日で自由の身。事を荒立てたくないコリンは、事件をそっと心に畳み込む。

射殺される黒人の姿に、自分自身が重なる。親友のマイルズといるときは意識しない人種の壁が、実は今も厳然と存在するのを、コリンは認めざるを得ない。

実はコリンが投獄された暴力沙汰には、マイルズも関わっていた。なのに、逮捕されたのはコリンだけ。それは、マイルズが白人で、コリンが黒人だったからに他ならない。単純で無神経なマイルズは気づいていないが、コリンの心にはその一件が引っかかったままなのだ。

兄弟同然の無二の親友。同じものを見て過ごしてきたはず。だが、実際は、別のものを見ていたのかもしれない。

劇中にも出てくるが、「ルビンの壺」という有名な多義図形がある。見方によって、向き合った二人の顔にも壺にも見えるが、顔と壺を同時には認識できない。要するに、一方を見るときに、他方は盲点になる。タイトルの「ブラインドスポッティング」とはそういう意味である。

コリンとマイルズ。それぞれが見ているのも、ルビンの壺ということだ。一方は顔だと思っているが、他方は壺だと思っている。しかし、だからといって、一方が他方の視点を持ち得ないわけではないだろう。一致させることは可能だ。

映画は、絶体絶命のクライマックスを経て、希望にあふれるエンディングを迎える。人種問題というシリアスなテーマに正面から斬り込みながら、楽観性にあふれた作品になったのは、全編を彩るヒップホップの力によるものだろう。スパイスの利いた異色のバディムービー。

『ブラインドスポッティング』(2018、アメリカ)

監督:カルロス・ロペス・エストラーダ
出演:ダヴィード・ディグス、ラファエル・カザル、ジャニナ・ガヴァンカー、ウトカルシュ・アンブドゥカル、ジャスミン・シーファス・ジョーンズ

2019年8月30日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイント他全国ロードショー。

公式サイト:http://blindspotting.jp/

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