日本映画

映画レビュー「メランコリック」

2019年8月2日
バイト先の銭湯は、人殺しの場所だった。東大卒の元ニートが知ってしまった、恐るべき秘密。運命の歯車が動き出す。

深夜の銭湯は人殺しにうってつけ

主人公は、鍋岡和彦という青年である。東大法学部卒。なのに、就労意欲がないのか、野心がないのか、身分はニート。両親と同居し、文字通り無為徒食の生活を送っている。

そんな和彦が、高校の同級生だった百合から、近所の銭湯でバイト募集していると聞き、面接を受けると、あっさり採用される。

同日に採用された松本とともに、真面目に働く和彦だったが、ある日、とんでもない事実を知ることになる。なんと、その銭湯、閉店後は人を殺す場所として使われていたのだ。

血を簡単に洗い流すことができる。死体は切り刻んで、ボイラーの燃料にできる。要するに、汚れない。バレない。深夜の銭湯は殺人に格好の場所なのだ。

実は、和彦が知る前、予め観客には銭湯の裏の顔が明かされる。男が車に拉致され、銭湯の洗い場に連れ込まれるや、ナイフで(おそらく)頸動脈を切られて殺されるシーンが、冒頭に用意されているのだ。

この鮮烈なシーンを瞼に焼き付けた観客は、和彦が銭湯で働くことになった時点で、彼が危険ゾーンへと踏み出したことを確信。和彦がこれから経験するであろう、さまざまな困難や危機を予感し、スクリーンに身を乗り出すことになる。
巧妙なシナリオだ。

和彦のキャラクター設定も効いている。おそらく人生と一度も真剣に向き合ってこなかったであろう、無気力な男。やりたいこともない。叶えたい夢もないようだ。何となく生きてきた。

その和彦が、禍々(まがまが)しい犯罪の世界へと放り込まれるという落差感。そして、抵抗することもできず、運命に流され続ける無力感。

和彦は、命じられるがまま死体を処理し、あまつさえ殺人にまでコミットさせられる。ずるずると深みにはまっていく和彦。

ところが、皮肉なことに、ぬるま湯で生きてきた和彦は、その恐ろしい世界で、初めて人生の充実感を味わうのだ。(おそらく)初めて恋をし、(おそらく)初めて友情を育み、初めて生きることの喜びに目覚めるのである。

思い返せば、銭湯で百合に再会したこと、同僚の松本が殺し屋だったこと、こういったことすべてが、単なる偶然のようでもあるし、周到な企みのようでもある。リアルな白昼夢のような不思議な感覚の映画だ。

主人公・和彦役でプロデューサーも務めた皆川暢二、監督の田中征爾、松本役の磯崎義知。同学年3人で立ち上げた映画製作ユニットOne Goose(ワングース)による、長編デビュー作。インディーズ映画の可能性を広げた、今年最注目の1本だ。

『メランコリック』(2018、日本)

監督:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真 、矢田政伸 、浜谷康幸

2019年8月3日(土)より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウン他全国ロードショー。

公式サイト: https://www.uplink.co.jp/melancholic/

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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