ひたひたと迫り来る戦争の足音。映画監督・井上淳一が立ち上がった。女優・渡辺美佐子が声を上げる。憲法が危ない!

名女優「憲法くん」を演じる

憲法を改正し、日本を再び戦争のできる国へ。そんな物騒な空気が漂う今日、危機感をいだいた映画監督・井上淳一が映画を撮った。タイトルは「誰がために憲法はある」。
冒頭に登場するのは、現憲法の大切さをユーモラスに伝える「憲法くん」。お笑い芸人の松元ヒロが20年以上続けている一人語りだ。この「憲法くん」を、今年87歳になる名優・渡辺美佐子が演じる。
映画は、さらに、渡辺が33年にわたり女優仲間と続けてきた原爆朗読劇「夏の雲は忘れない」の稽古風景、上演風景を映し出し、渡辺ら女優たちの思いを聞いていく。
渡辺は「もしも日本が戦争に向かいそうになったときは、『いやだ!』って声を上げよう。そういう気持ちが、観客の心のどこかに種として残ってくれればいい」と語った。

政治家の暴走を憲法が抑止する

――本作への出演を決めた理由は何だったのでしょう。

井上監督から、松元ヒロさんの「憲法くん」を演じてみないか、というオファーがあったんです。

私はそれまで憲法をちゃんと読んだことがなくて、憲法というのは、私たち国民が守らなくてはいけないものだと思っていたんです。ところが、ヒロさんの「憲法くん」は、そうじゃないんだと言う。

私たちが国を任せた政治家が、とんでもない方向に国を引っ張っていかないように抑止する力、それが憲法の大きな力なんだと。ああ、そうなんだって、すごく納得したんです。そのことを、私と同じように憲法をちゃんと読んだことのない人たちに知ってもらいたいと思った。

「憲法くん」はこうも言っています。「私はこの70年間、戦争という名のもとで、一人も殺していない。一人も殺されていない。このことを誇りに思っている」。それは、私も言ってみたいなと。これが、お引き受けした理由です。

――憲法を読んだことのない人は多いと思います。それは、あえて読む必要がなかった。つまり、憲法で保障された国民の権利が奪われる心配はなかったということだと思います。ところが、いま、それが危機に瀕しているわけですね。

いま、忖度という言葉が流行っていますよね。「こんなことを言っていいのだろうか」とか、みんな何者かに忖度しながら生きている。ビクビクしながら生きている。

私にしたって、こういう映画に出ると、何か危険な目に遭うんじゃないかって、チラッと思ったり。その「チラッ」が、「チラチラチラ」と広がって、いまの日本を覆っているような気がします。

いつ頃かしらね、こんなふうになったのは。昔はそうじゃなかった。私が若い頃、女優になりたての頃は、芝居の稽古が終わると、みんな当たり前のように代々木公園に集まって、デモに参加したものです。60年安保の時代ですね。樺美智子さんが亡くなったときも、後で分かったことですが、私はすぐ近くにいたんですよ。

おかしいと思ったら、すぐ行動に移す。あの頃は、それが当たり前だったんですけど、いまは全くそういうことがないですよね。

原爆の怖さを誰も教えてくれない

――最初と最後に登場する「憲法くん」に挟まれる形で、朗読劇「夏の雲は忘れない」の舞台風景が映し出されますが、ここでは、子供たちの最期の瞬間も描写されています。死ぬ間際に「お母ちゃん万歳」、「天皇陛下万歳」と叫んだ子もいて、渡辺さんは、それがとてもショックだったとおっしゃっていますね。

「お母ちゃん万歳」という言葉が出るのは当然だと思う。でも、それと同じ場面で「天皇陛下万歳」という言葉も出てしまう。そのことの恐ろしさを、いまさらながら思いましたね。

個人というものと、国というもの。それが一番象徴的に現れているのが、その二つの言葉じゃないかと。それが幼い頃から自然に刷り込まれていたっていう恐ろしさを、よく考えてほしいですね。

――「夏の雲は忘れない」は今年限りで終了となる。残念です。

はい、もう断腸の思いです。年には勝てません。この一語です。いままでよく続いてきたと思います。

戦争を経験した者として、その惨劇が忘れ去られないよう、何とか伝えていきたい。その一心でやってきました。途中で製作部門が退社したときも、女優たちでお金を出し合い、「夏の会」というのを立ち上げ、活動を継続してきました。

33年前にスタートしたときは「この子たちの夏」というタイトルで、子供を亡くした母親たちの手記を主体にしたものでした。11年前に女優たちで立ち上げたときに、子供たち主体の「夏の雲は忘れない」に変えたんです。

各地で公演するときには、必ず5人のお子さんにお願いして一緒に舞台で朗読してもらう。朗読した子も観劇した子も、必ず「原爆がこんなに怖いものとは知らなかった」って言う。

子供たちは本当に知らない。何故かというと、教わらないからです。学校でも、家庭でも教えない。子供ばかりでなく、父親も、母親も知らないし、祖父母も知らない。教える人がいないんですから、知るわけがないんですね。

――戦争や原爆への関心も年々薄れていってる気がします。

「遠い昔に、何か恐ろしいことがあったんだってね」。そんな感じになると、まずい。戦争を風化させないためには、ただ抽象的に戦争は恐ろしいと言うんじゃなくて、どんなふうに子供たちが死んでいったか、また親が死んで残された子供たちはどんな思いをしたか。具体的なことを伝えなければいけないと思うんです。

それを知ることで初めて、家族でご飯を食べたり、友だちと喧嘩したり、サッカーしたり、そういう何でもないことが、いかに大事かってことが実感できる。

だから、それを壊そうとするものは絶対に阻止しよう。もしも日本が戦争に向かいそうになったときは、「いやだ!」って声を上げよう。そういう気持ちが、観客の心のどこかに種として残ってくれればいいなと。そんな思いで、朗読劇を続けてきたんです。

被爆死した初恋の人が導いてくれた

――ここまで朗読劇を続けてこられた原動力としては、やはり初恋の人を原爆に奪われたことが大きいのでしょうか。

そうですね。いまでもその子の顔ははっきり覚えているんですよ。目が大きくてほっぺがリンゴのように赤くて。でも、声が思い出せないの。

何故だろうって考えたら、それもそのはず、一度も口を利いたことがなかったんです。当時、男の子と女の子は、挨拶さえしない。顔も合わせない。いまの子供には想像もできないような男女関係だったんです。

戦後35年目の1980年、テレビ番組の対面コーナーで、その人を探してもらったんですよ。どんなおじさんになってるのかな。ドキドキしながら待っていた。ところが、私の前に現れたのは、その人のご両親。本人は疎開先の広島で被爆し、亡くなっていたんです。

それを知った瞬間、原爆という抽象的なものが、ガーンと具象化された。打ちのめされたというのでしょうか。

それから5年後に、私は朗読劇を始めました。あの人のことがなかったら、やっていなかったかもしれない。やっていたとしても、こんなに長く続けらなかったかもしれない。気持ちの入り方も全然違っていたと思います。

初恋は実らなかったけど、彼は私の人生を導いてくれた。大きなエネルギーを与えてくれた。この映画に出演したのも、彼の導きかもしれないと思っています。

『誰がために憲法はある』(2019、日本)

監督:井上淳一
出演:渡辺美佐子、高田敏江、寺田路恵、大原ますみ、岩本多代、日色ともゑ、長内美那子、柳川慶子、山口果林、大橋芳枝

2019年4月27日(土)より、ポレポレ東中野他全国ロードショー。

公式サイト: http://www.tagatame-kenpou.com/

コピーライト:(C)「誰がために憲法はある」製作運動体