外国映画

映画レビュー「ともしび」

2019年1月31日
夫が罪を犯し、拘置所に収監されてしまう。一体、夫は何をしたのか? 平穏だったアンナの日常が崩れ始める。

人生の終盤に訪れた試練

「さざなみ」(15)では、無神経な夫の言動によって、夫婦生活の安穏と幸福を奪われる妻を繊細に演じ、アカデミー賞候補となったシャーロット・ランプリング。本作で演じるのもまた、夫の行動によって人生の危機に瀕する妻の役である。

ただし、旧作が夫婦関係にスポットを当てていたのに対し、本作は、もっぱら妻ひとりに焦点が絞られている。

序盤に、ランプリング演じる妻のアンナが、夫の背中をマッサージする場面がある。就寝前である。日課なのだろうか。

特に会話はないが、どんな形であれ、身体的接触がある以上、不仲というわけではなさそうだ。ありきたりな夫婦の情景と言ってよい。

だが、続く場面で、観客は不意打ちに遇う。翌日、アンナと夫が向かった先は警察。何と、夫は拘置所に収監されてしまうのだ。前夜の笑いのない、今から思えば沈鬱なムード。これが理由だったのか。

夫がどんな罪を犯したかの説明はない。だが、その後の展開で、それがアンナにとってきわめて不愉快な性質のものであったことが分かる。

アンナは裕福な家庭の家政婦をしている。一方、演技教室に通ってもいる。家政婦の給料を受講料に充てているのだろうか。

オープニングでいきなり、アンナの異様な姿が映し出され、ギョッとさせられるが、すぐに演技教室の風景だということが明かされる。ふだんは寡黙で、無表情なアンナだが、ここで内面に潜むさまざまな感情を発散しているようだ。

アンナは会員制のプールにも通っている。平日の昼間からプールで泳ぐのは、中高年の女性ばかりだ。カメラは更衣室で着替える女性たちの裸身にレンズを向ける。

肥満した女性たちの中で、ひときわスリムなアンナ。張りも丸みも失ったその肉体が、アンナの現在を象徴的に物語っているようにも見える。

中盤、アンナは、孫の誕生日に手作りのケーキを携えて息子宅を訪ねるが、門前払いを食らう。こみ上げる感情を抑えきれなくなったアンナは、駅のトイレで号泣する。

平静を装ってきたアンナだが、その精神はしだいに限界へと近づいていく。アンナがそれまで守ってきたルーティンは次々と崩れ始める――。

自宅、家政婦として働いている豪邸、演技教室。カメラは主にこの3か所を移動するアンナに付き従う。寡黙ゆえ、セリフの少ないアンナ。その表情やしぐさが、本作のすべてである。

観客はランプリングの眼差しや口元に見入り、その一挙一動に目を凝らすことになるだろう。リアリティのない芝居は容易に見破られる。並外れた力量を備えた俳優にしかこなせない難役だ。まさに、ランプリングありきの作品と言えるだろう。

『ともしび』(2017、フランス=イタリア=ベルギー)

監督:アンドレア・パラオロ
出演:シャーロット・ランプリング、アンドレ・ウィルム

2019年2月2日(土)より、シネスイッチ銀座他全国ロードショー。

公式サイト:http://tomoshibi.ayapro.ne.jp/

コピーライト:2017 © Partner Media Investment – Left Field Ventures – Good Fortune Films

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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