暴れ者、嫌われ者、女好き
デンマークを代表する名優マッツ・ミケルセン。母国ではもちろんハリウッドにおいても、唯一無二の個性で強烈な存在感を放っている。幅広い演技力に定評があり、多くの映画祭で受賞を果たしていることは周知のとおり。
そんなミケルセンが今月22日に“還暦”を迎えるのを祝し、日本劇場初公開作を含む7作品が一挙上映される。
ラインナップには「アフター・ウェディング」(2006)、「偽りなき者」(2012)といったお馴染みの名作も並ぶが、今回とくに注目したいのが日本初公開の3本だ。

「ブレイカウェイ」(2000)、「フレッシュ・デリ」(2003)、「メン&チキン」(2015)。いずれも監督はアナス・トマス・イェンセン。そして、ニコライ・リー・コスとの共演作でもある。
ちなみに、今回の7本に入っている既公開作「アダムズ・アップル」(2005)も、近作「ライダーズ・オブ・ジャスティス」(2020)も、この3人のタッグ作品である。
イェンセンは、監督であると同時に脚本家でもあり、今回公開されるスザンネ・ビア監督の「アフター・ウェディング」の脚本も手がけているが、「こんなにシリアスな人間ドラマを書く人物が何故?」と言いたくなるほど、監督作は中身がぶっ飛んでいる。

「ブレイカウェイ」は、そろそろ引退を考えていたギャングが、上からの命令で厄介仕事を請け負う話。手下3人とともに最後の大暴れをし、負傷者を出しながらも、何とか現金強奪に成功する。
しかし彼らは、その大金をボスに渡さず、持ち逃げしてしまう。バルセロナまで逃げれば何とかなると踏んでいたが、廃屋化したレストランに足止めを余儀なくされる。
滞在するうちに、彼らはこの場所がしだいに居心地よくなっていく。そして、やがてレストランの再生に乗り出すのだが――。

リーダー格のトーキルド、負傷したピーター、荒くれ者のアーニー、恋人とアツアツのステファン。それぞれが幼少期のトラウマをかかえていて、彼らの人生に影を落としている。随所にその回想シーンが挿入されることで、見る者は彼らへの共感を深めていく。
4人とも破格のキャラクターなのだが、とりわけミケルセン扮するアーニーの暴走ぶりが常軌を逸しており、呆然とさせられる。
主演はラース・フォン・トリアー監督「キングダム」シリーズなどに出ているセーン・ピルマークで、ミケルセンは脇役的な存在なのだが、ブレイクする前のちょっと粗削りな芝居もなかなかいい。
紆余曲折の末のハッピーエンドにほっこりさせられる。

「フレッシュ・デリ」は、精肉店を開業したスヴェンとビャンが、偶然手に入れた死体を素材にマリネを作り、提供したところ、大評判となるというブラックコメディだ。引くに引けなくなったスヴェンたちは、次から次へと“食材”を調達していくのだが――。
極度の汗っかきで、町の嫌われ者だった男が、想定外のカニバリズムに手を出し、成功を収めてしまう。恐ろしい所業のはずなのに、応援したい気分が湧いてくるところが、ミケルセンの持ち味か。

そんなスヴェンに引きずられ、共犯となってしまうビャン役のニコライ・リー・コスがまたいい味を出している。この二人のコンビネーションは最強だ。
物語は現実的に考えると、法的にも倫理的にもさまざまな問題があるわけだが、そんな野暮な話はよそうじゃないかとばかり、イェンセン監督はとびきり幸福感ふれるエンディンを用意するのである。
この2本からちょっと製作年が飛ぶ「メン&チキン」は、物語の設定をよりグロテスクな方向にシフトしている。

大学教授のガブリエルと無類の女好きなエリアスの兄弟は、父親の遺品であるビデオレターから、父親が二人の生物学的な親ではないことを知る。二人は父親の住所を探り、ある屋敷に辿り着く。そこでは多くの家畜が放し飼いにされ、三人の異母兄弟が住んでいた。
異種交配という禁断のテーマに踏み込んだ問題作だ。異母兄弟はガブリエルを除き全員が異常なのだが、とりわけミケルセンの演じるエリアスの狂気を帯びたキャラクターが際立っている。
「フレッシュ・デリ」以上にタブーを含んだ映画なので、どう決着を付けるのかと見ていると、これまた驚くべき急展開で、ハッピーエンドを招き寄せるのである。見事な手腕である。
ブレイカウェイ
2000、デンマーク/スウェーデン
監督:アナス・トマス・イェンセン
出演:セーン・ピルマーク、ウルリク・トムセン、ニコライ・リー・コス、マッツ・ミケルセン
コピーライト:© M&M Rights ApS og DR TV-Drama
フレッシュ・デリ
2003、デンマーク
監督:アナス・トマス・イェンセン
出演:マッツ・ミケルセン、ニコライ・リー・コス、ボディル・ヨルゲンセン
コピーライト:© 2003 M&M De Grønne Slagtere ApS.
メン&チキン
2015、デンマーク/ドイツ
監督:アナス・トマス・イェンセン
出演:マッツ・ミケルセン、デヴィッド・デンシック、ニコライ・リー・コス、ニコラス・ブロ
コピーライト:©2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS
公開情報:2025年11月14日 金曜日 より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国ロードショー
公式サイト:https://synca.jp/mads60thanniv/
配給:シンカ

