日本映画

映画レビュー「こんな事があった」

2025年9月12日
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原発事故は終わっていない。「追悼のざわめき」(88)の鬼才・松井良彦監督が、原発ニッポンの欺瞞を、地元被災者の視点で描く。

フクイチの爆発がすべてを奪った

2011年の原発事故から10年後の福島。高校生のアキラは、立ち入り禁止エリアに踏み込み、警官に職質を受ける。そこは、アキラの実家がある場所だった。

大好きだった母親を被曝で亡くし、元東電社員で今は除染作業員として働く父親と離れて暮らしていたアキラは、仮設住宅を飛び出して、ホームレスのような日々を送っていた。放射能に汚染された実家には、幸せだった頃の家族の思い出が詰まっているのだ。

仮設住宅に住む同級生の真一は、孤独なアキラの身を気遣う一方、自身も家庭の悩みを抱えていた。母親が事故発生後のストレスから精神を患い、父親との夫婦関係が破綻しかけていたのだ。

ある日、母親の思い出に浸りながら浜辺を歩いていたアキラは、サーフショップを営むミツオと店員のユウジに出会う。後日、彼らのショップを訪れ、ミツオの妻・サキにも紹介されたアキラは、彼らと過ごす時間に安らぎを覚えるようになった。

そんなアキラにとって気にかかるのが父親の消息だ。ミツオたちの協力を得て父親の居場所を特定したアキラは、ユウジの運転する車でその場所へと向かったが――。

つい数年前の福島が舞台。家を失い、家族を失い、人生の目標を失った主人公たちの怒りや絶望、無念が、無機的なモノクロ画面上に炸裂する。

「こんな事があった」という過去形のタイトルは、原発事故がいまだ終息からほど遠い状況にあること、すなわち現在進行形の出来事であることへの、逆説的なメッセージだろうか。

奇形化した昆虫、植物。自殺、突然死。作中に登場する忌まわしいイメージやエピソードが決して単なる空想の産物ではないことは、ミツオがスクラップした新聞記事が裏付けている。

スーパーで手に取る魚の産地を見て「何も食べられない」とサキが呟くシーンは、何かというと風評被害と叫ぶ国やマスメディアへの果敢な挑戦である。

“フクイチ”の事故は人々から土地や住居を奪い、生活や命も奪った。いや、今も奪い続けている。しかし、国もメディアもその現実から人々の目を逸らすのに必死だ。

本作は、地元被災者の視点から、原発ニッポンの欺瞞を暴いた映画である。「追悼のざわめき」(88)の鬼才・松井良彦監督が18年ぶりに放つ渾身の新作。監督の強い思いに応えた出演者たちの熱演が、見る者の魂をゆさぶる。

 

映画レビュー「こんな事があった」

こんな事があった

2025、日本

監督:松井良彦

出演:前田旺志郎、窪塚愛流、井浦新、柏原収史、八杉泰雅、金定和沙、里内伽奈、大島葉子、山本宗介、波岡一喜、近藤芳正

公開情報: 2025年9月13日 土曜日 より、新宿K’s cinema他 全国ロードショー

公式サイト:https://each-time.jp/konnakotogaatta/

コピーライト:© 松井良彦/ Yoshihiko Matsui

配給:イーチタイム

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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