何も起きないのに目が離せない
※「ジャック・ロジエのヴァカンス」と銘打った特集企画で日本初公開された時(2010年)に書いたレビューの一部を、加筆した上で掲載します。
ある年代以上の映画好きたちの間で、ジャック・ロジエという監督はつとに有名で、デビュー作「アデュー・フィリピーヌ」は、ヌーヴェルヴァーグを語る上で欠かせない1本だった。
ところが、この才人が他にどんな作品を撮ったのかを日本で知る機会はほぼなく、ある種、幻の監督的な存在でもあった。神秘のヴェールが剥がされたのは、2010年に開催された特集「ジャック・ロジエのヴァカンス」で本作が初上映された瞬間である。
仲よしの女友だち3人組が、海岸の別荘で3週間ほどのヴァカンスを楽しむ様子を、日記ふうに綴っていく。まるで脚本など存在しないかのように、即興的にお喋りし、はしゃぎまわる3人の若い女性。その姿をカメラはドキュメンタリーのように写し撮っていく。
かと思うと、突然、3人のうちの1人に真正面のカメラ目線で少女時代の思い出を語らせるなど、ロジエ監督の演出スタイルは融通無碍(ゆうずうむげ)。俳優も奔放だがカメラも自由なのだ。
映画の前半は特別な事件もハプニングも起きない。なのに、なぜか一瞬たりとも目が離せないのは、ジャック・ロジエの魔術としか言いようがない。
映画はその後、3人のうちの1人に思いを寄せ、パリから追いかけてきた会社の上司を仲間に加え、さらには浜辺で知りあったヨット青年も交えた形で、いささかスリリングに進行していく。
恋、嫉妬、喧嘩、失恋。各々の心に大小さまざまな波紋を残し、最後は1人また1人と別荘を去って行く。3人の胸にそれぞれの思い出を刻んで、ヴァカンスは幕を閉じるのである。そして、再び始まる日常生活――。エピローグで秘かに展開する小さなドラマには思わず唸ってしまう。
名匠ジャック・ロジエ監督が遺したヴァカンス映画の最高峰。こんな映画を一体どうすれば撮れるのか。どんな指示を出せば、俳優はあんな演技ができるのか。それとも、演技も演出もしていないのか。
はっきり言えるのは、ジャック・ロジエ以外に誰もこんな映画は作れないだろうということだ。唯一無二という熟語が流行りだが、「オルエットの方へ」はまさに、唯一無二の映画作家が生み出した唯一無二の映画なのだ。
今回は4Kレストア版による上映。絶対に見逃してはいけない。
オルエットの方へ
1971、フランス
監督:ジャック・ロジエ
出演:ベルナール・メネズ、ダニエル・クロワジ、フランソワーズ・ゲガン、キャロリーヌ・カルティエ
公開情報: 2025年7月5日 土曜日 より、ユーロスペース他 全国ロードショー
公式サイト:https://www.jacquesrozier-films.com/
コピーライト:© 1973 V.M. PRODUCTIONS / ANTINÉA
配給:エタンチェ、ユーロスペース