外国映画

映画レビュー「死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ」

2026年2月28日
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名を変え、居場所を移りながら、じっと息をひそめ、偉大なドイツの再興を夢想し続けたナチスの悪魔。その生涯を追った映画。

“死の天使”の実像に迫る

ナチス親衛隊(SS)大尉ヨーゼフ・メンゲレ。アウシュヴィッツ収容所で医師を務め、ユダヤ人や非社会的分子をガス室に送り続けた。残虐な生体実験も躊躇なく行い、“死の天使”の異名をとった。

敗戦とともに南米に逃亡。名を変え、居場所を転々としながら、じっと息をひそめ、1979年に脳卒中で倒れるまで、生き永らえた。

本作は、このナチス最大の戦争犯罪者メンゲレの生涯を追った作品だ。原作はオリヴィエ・ゲーズのベストセラー小説「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」。

弟の元妻だったマルタとの再婚、ハンガリー人夫婦との共同生活、息子ロルフとの再会…。時が移り、環境が変化しようとも、自らの所業を決して悔いることなく、ナチス思想を信じ続けたメンゲレだが、年齢を重ね、体が衰えてくると、さすがに弱みも見えてくる。

“劣等人種”として軽蔑していたはずの女性を家政婦に雇い、性的行為を求めるが、もはや下半身はまともに機能しない――哀れで可笑しくもあるこのシーンで、ようやくメンゲレの人間味が顔を出す。この時点では、生き残るために南米風の偽名を名乗ってもいて、アーリア人のプライドは揺らいでいる。

だが、だからと言って、彼のナチス思想まで薄れたわけではないだろう。最期の瞬間、メンゲレの心に何が起きていたかを知る由はない。しかし、たとえ反省や悔悟の念が生じたとしても、償いにはなり得ないことは自明である。

全編モノクロで撮られた本作だが、2カ所だけカラーで描かれている点に注目したい。一つは息子ロルフにメンゲレが「アウシュヴィッツで何をしたの?」と訊かれた直後のシークエンス。

水辺での長閑(のどか)なピクニックの風景が映し出される。抜けるような青空のもと、陽光を浴びながら、若きメンゲレが最初の妻となるイレーネと水着姿でむつみ合っている。

そして、幸福感に満ちあふれたこのホームムービーに続いて映されるのは、アウシュヴィッツに降り立ったユダヤ人ら収容者の群れと、彼らを選別するエンゲレ大尉たちの姿なのである。選別された者たちがどうなるか。その後に続く映像はあまりに悍(おぞ)ましく直視に耐えない。

「関心領域」(2023)もそうだったが、収容所の外と内が、明と暗の表裏一体を成す、究極の差別・迫害構造がここに見て取れる。

もう一つのカラー場面。終盤、ベッドで抱き合うメンゲレとイレーネの2ショットである。イレーネがエンゲレに2つの質問を投げかける。エンゲレは答えない。あるいは答えられないのか――。

謎をはらんだまま、物語はエンディングへ。映画は“死の天使”の実像にどこまで肉薄し得たのだろうか。

映画レビュー「死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ」

死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ

2025、フランス/ドイツ

監督:キリル・セレブレンニコフ

出演:アウグスト・ディール、マックス・ブレットシュナイダー、フリーデリケ・べヒト

公開情報: 2026年2月27日 金曜日 より、シネマート新宿、シネスイッチ銀座他 全国ロードショー

公式サイト:https://transformer.co.jp/m/shinotenshi/

コピーライト:© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

配給:トランスフォーマー

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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