女児の嘘が男性教諭を追い込む
※開催中の「マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」で上映される「偽りなき者」初公開時に書いたレビューを、加筆した上で掲載します。
幼い恋心からだろう。少女クララが、中年男性ルーカスの口にキスをし、ハート型のプレゼントを手渡す。ルーカスは幼稚園の教諭、クララは園児である。
良識ある大人として、ルーカスはクララの行為をたしなめた。拒絶され、傷ついたクララは、仕返しをする。ルーカスから猥褻行為を受けたと、園長のグレテに告げ口したのだ。でまかせだった。

しかし、根も葉もない噂は、瞬く間に小さな町を駆け巡る。ルーカスは職を失い、友を失い、人間としての尊厳も奪われていく――。

昨日まで親しく交わっていた隣人たちが、いっせいに遠ざかり、ルーカスを白眼視するようになる。誰もルーカスの弁明に耳を傾けない。

ルーカスの親友でクララの父親でもあるテオもまた例外ではない。スーパーで買い物しようとしても、店員は商品を売ってくれない。まさに村八分である。
“純真な子供が嘘をつくわけがない”。人々の盲信が、無実のルーカスを犯罪者に仕立て上げてしまう。

この映画を見ていて、1本のアメリカ映画を思い出した。ウィリアム・ワイラー監督の「噂の二人」(1961)である。
同じように、子供のふりまいた噂が大人を追い詰める話だった。女学校を経営する二人の女性が、女子生徒に“レズビアン”という噂を立てられ、一人は自殺に追い込まれてしまう。噂をふりまく少女がいかにもふてぶてしく憎らしかった。

その点、本作のクララは全く違う。ふてぶてしくも、憎らしくもない。笑顔の可愛い、いたいけな少女だ。
それが、大好きな相手にそっけなくされた悔しさと怒りで、復讐心をたぎらせ、思わず嘘をついてしまうのである。
クララにしてみれば、ちょっとした嫌がらせのつもりだったろう。それが思いがけなく大事(おおごと)になり、ルーカスを窮地に追い込んでいく。

当惑し、動揺するクララ。しかし、今さら嘘だとも言いにくい。子供だが、感情の動きは大人の女性と変わらない。そのあたりの心理描写がリアルで生々しい。
迫害に耐えながら、冤罪を晴らすため必死に戦うルーカスの姿が本作のメインではある。しかし、一方で、ルーカスの運命を握るクララの動向も、重要な見どころだ。

ルーカス役のマッツ・ミケルセンに引けを取らない名演を見せたクララ役の少女アニカ・ヴィタコプが素晴らしい。
終盤、冤罪は晴れ、ルーカスは以前の平穏な生活を取り戻すかに見える。だが、ラストに思いがけない“一撃”が待っている。トマス・ヴィンターベア監督の冷徹な観察眼が光る、人間ドラマの傑作。
偽りなき者
2012、デンマーク
監督:トマス・ヴィンターベア
出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ヴィタコプ
公開情報: 2025年11月14日 金曜日 より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー
公式サイト:https://synca.jp/mads60thanniv/
コピーライト:© 2012 Zentropa Entertainments 19 ApS and Zentropa International Sweden.
配給:シンカ

